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六甲山と瀬戸内海に挟まれ、豊かな自然と、明るく穏やかな光にあふれる神戸、芦屋、西宮などの地域には明治末期から昭和初期にかけて阪神間モダニズムと称される独特の都市文化が育ちました。
江戸時代から大きな大名などがなく封建的な武家社会の影響があまりなかったこと、西国街道の要衝として生活に密着した商工業などが栄えていたこと、明治時代に開通した国鉄(現在のJR)のほか、阪神、阪急などの私鉄の開通などを契機に大阪の別荘地、住宅地化が起こり、近代的な生活文化圏が形成されたこと、関東大震災(1923年、大正12年)を機に文化人、経済人が多数関西に移住してきたこと、国際港神戸には多くの外国人が住み、人・もの・ことの交流という文化の翻訳と伝達の拠点があったことなどが阪神間モダニズムの基礎にあるといわれています。
阪神間モダニズムという自由で洗練された文化風土は西洋文化の流入のなかで形成された新しいライフスタイル(西洋化というトレンドのなかで興った和・洋、新・旧の融合された生活文化)であったともいえます。
この豊穣の時代を伝えるものとして、神戸生まれのグラフィックデザインの草分け的存在であった今竹七郎(1905〜2000)の次のような言葉が象徴的です。
「身近に外国人も多く欧米文化から無意識のうちに啓示を受けた。外国の雑誌がそろっていて、最新のアートが学べた。時代の先端を走っている実感があった」
この阪神間モダニズムは多様な芸術家や個性的な建築物、ライフスタイルなどを輩出していく、言わば文化の揺りかごのような役割をはたしました。
洋 画:小出楢重、小磯良平、田村孝之助、川西英、吉原治良ほか
日本画:村上華岳、山下摩起、水越松南ほか
写 真:中山岩太、ハナヤ勘兵衛ほか
デザイン:今竹七郎ほか
文 学:谷崎潤一郎、薄田泣菫、富田砕花ほか
建 築:ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(神戸YMCA会館、関西学院神学館、小寺邸など)、渡辺節(市川邸洋館、乾邸など)、安井武雄(野村邸など)、清水英二(高嶋邸など)ほか
その他、宝塚歌劇、ダンスホール、新しい芸術活動などさまざまなシーンが創り出されていきました。
そして個性ある日本人音楽家も阪神間でさまざまな影響をうけています。音楽家山田耕作、ロシア人ヴァイオリニストモギレフスキーに師事した諏訪根自子、ピアニストルーチンの一番弟子であった加納和夫や同じく師事した大沢寿人、指揮者メッテルに師事した朝比奈隆、伝説のピアニスト原智恵子、夭折の天才音楽家貴志康一などです。
(つづく)
参照文献:
「阪神間モダニズム」(阪神間モダニズム展実行委員会編著)における小野高裕氏「音楽家の誕生◆貴志康一」
「ロシア人音楽家たち」
「日本人の足跡」産経新聞平成13年9月17日
甲南学園貴志康一記念室発行の資料 ほか多数 |
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