■ 時には奈落もいいもんだ!
私はオペラやバレエのいわゆるBOX仕事が大好きであった。何だかひとつの大きな物をみんなで創っていく楽しみを感じるからだ。それに歌手やダンサーの生々しい表情が観れるのも大好きな理由である。
オーケストラピットと呼ばれるボックスのなかで、客席から見るとさながら動物園のオリの中の猿のようなものだが、そんなオケピットの中が結構おもしろい。客席から直接見えないことをいいことに、お菓子やキャンデーが必ず女性団員から回ってくる。弦楽器のお行儀の悪い連中はガムやキャンデーをほう張りながら「カルメン」や「椿姫」を弾くのである。
かつてこんなこともあった。
ロシアのバレエ団などは地方回りの間に第2、第3の指揮者に振らせることがある。そうすると時には踊りには非常に踊りにくいテンポで振られることがあるようだ。にこやかにお辞儀したあと・・・・指揮者に向かって「バカモノ! そんなテンポで踊れるわけねえだろ!」というようなセリフを吐いて舞台袖へ去っていくソロダンサーを何度か目撃した。そうすると必ず次の日は首席の指揮者がでてくる。
その2番手、3番手君は「まだまだだな」という評価を受け、またしばらくは見習いが続くのだと思う。
■ 早く帰りたい
音楽家に限らず誰でも仕事からは早く解放されたいものだ。
私たちの仕事はたいてい終わりの時間の予測がつく。例えば「セビリアの理髪師」の序曲とメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルト、そしてベートーベンの運命、アンコールにハンガリー舞曲の1番としよう。序曲6分、コンチェルト25分、出入りを含めて35分、15分休憩ののちに運命が30分、アンコール3分で出入りを含めて35分、トータル83分、5分遅れで始まっても7時スタートで8時半には終わる。タクシーを8時35分に呼んでおけばそれに乗ってホテルなり駅なりへと行ける、というわけである。
8時40分の電車に乗ると次の目的地までその日のうちに着けるというときがある。そうすると次の日はコンサートの時間まで一日中遊べるのである。こんなときは何が何でも8時40分に電車に乗りたくなる。そのためにタクシーを8時25分に呼んでおき、休憩のあとステージに上がるのも率先して先に出る。アンコールも「早くやりましょうよ」という熱い眼差し(?)を指揮者やコンサートマスターに送る。そして8時25分ごろ終了したらエンビ服のままタクシーに乗り8時40分にはめでたく電車に乗っている、などというのはよくやったものだ。
もっとひどいのがいて、その御仁の名誉のために匿名にするが、ある指揮者は早く帰りたいがために、その日は猛烈に速いテンポで演奏した。さすがに終了後事務局に抗議の電話が殺到したらしい。