■ バーバーの「弦楽のためのアダージョ」と「アーニュス・デイ」
〜歌詞が後付けになった名曲
Dr.トム:神戸市混声合唱団 太田 務
一般的に歌詞の付いた曲と言うものは、先ずその歌詞が作曲者の創造意欲をかきたて、言葉から旋律が生まれ、それを助けるハーモニーがそえられる、と言う作曲の過程が普通です。5月号で取り上げましたグノーの「アベ・アリア」もそうですが、サミエル・バーバーの合唱曲「アーニュス・デイ」は、そのベースとなった「弦楽のためのアダージョ」が先に世に送り出されており、まず器楽曲が作曲され、歌詞が後付けになった最も典型的なものです。
「弦楽のためのアダージョ」は1936年、バーバーが26歳に書いた「弦楽四重奏、作品11」の第2楽章を、その2年後に弦楽オーケストラ用に書き直したものです。彼はこの出来上がった「アダージョ」を世界的指揮者のトスカニーニに送りました。その後、何のコメントも無く送り返されたスコアにがっかりし、この大指揮者を避けるようになったそうです。しかし実はトスカニーニは「アダージョ」を完全に暗譜し、この曲の初演の準備をしていたのです。こうして1938年11月5日、アメリカのニューヨークでこの指揮者によって「アダージョ」の初演が行なわれ世界に放送された結果、物悲しい旋律と中間部の激しく突き上げるような慟哭、そして静かに祈るように終わるこの曲は、バーバーの作品の中で最も有名なものになりました。(ご存知の方も多いと思いますが、映画「プラトーン」、「エレファント・マン」のBGMとしても使われ、J.F.ケネディの葬儀、アメリカ同時多発テロの一年後に行なわれた慰霊祭などで演奏されています)
「アダージョ」の初演から約30年経った1967年、バーバーはカトリックのミサ曲の通常文の「Agnus Dei(アーニュス・デイ:神の小羊)」のテキストを用い、8声の混声合唱曲に再アレンジしました。なぜ「アダージョ」を「アーニュス・デイ」に書き換えたのか?手持ちの文献にその理由が書かれたものが無いのではっきりした事はいえません。ただ、「アーニュス・デイ」が書かれた頃はアメリカが介入したベトナム戦争が泥沼化した時期と一致し、ミサにおける「アーニュス・デイ」は「平和を祈る賛歌」である事から、この頃の世界情勢に何がしかの感情を持ってアレンジされたものではないかと推測は出来ます。
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